百六歳の佐治兵衛と松木の屋敷跡
どんな伝承か
明治十三年五月廿五日に裁判が確定し、冠彌右衛門ら四人が斬罪、七人が懲役八年、十四人が懲役三年となったが、大住・海老・愛甲の三郡から一万五千余人の嘆願書が出て、六月一日に斬罪の四人は終身懲役へ減じられた。真土村では横浜戸部の区長海老塚四郎兵衛の好意で問題の地所を九千五百円で買い戻し、長右衛門の一子壽之丞も村へ帰って家を新築した。のち著者は平塚町から人力車で真土村へ赴き、大野村役場で関係者の所在を聞いて、木砲の材料を得たという諏訪神社の森のそばに住む百六歳の伊藤佐治兵衛を訪ね、減罪の書類を見せてもらった。
原典より
穀藏の間にあつたと云ふ椿の木が、半分燒けこげたままに一本立つてあるのが物凄かつた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。