根本呪で桓武帝を癒した吉野の験者
どんな伝承か
吉野山にこもり、観世音の呪文を極めた僧に報恩がいた。天平勝宝四年、孝謙女帝が病に倒れたときに加持を行い、快方へ導いた実績があったという。のちに桓武天皇が床に就き、豎巫たちが手を尽くしても効き目がなかったとき、この報恩が召された。彼が根本呪を五十遍唱えると、弱りきっていた天皇の身体はもとに戻った。天皇はどこで行を積んだのかと尋ねており、宮中では名を知られない験者だったらしい。僧位や僧官を授かった気配もまったく見えないと記される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年))
『日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史』は、山折哲雄が霊魂と身体の相関を軸に日本人の霊魂観を論じた論考集で、あとがきは一九七六年六月の日付である。序章で和辻哲郎・津田左右吉・折口信夫・柳田国男らの霊魂論を検討し、『日本霊異記』の蘇生説話にみる遊離魂と殯、天皇の病と看病僧の呪法、平安宮廷の物のけと不動法、源信『往生要集』の観想を各章で論じる。雑誌に発表した論文をまとめ、巻末に物のけ現象の資料と憑霊年表を付す。