木頭城の落城と稚児の森の泣き声
どんな伝承か
『阿波志』に見える木頭城は、執筆当時の村役場の所にあったという。木頭の土豪細川大隅は蜂須賀氏の阿波入りに従わず、討伐を命じられた増田豊後に攻められた。増田は進む道を変えて城に迫り火を放ち、兵が出払っていた城はついに落ちた。大隅は土佐へ逃れる途中、北川船谷の奥山で討たれ、今もその夜には斬り合う音が聞こえるという。夫人は幼子を黄金とともに生き埋めにして落ちのび、田中家の屋敷の裏の稚児の森に小祠が祀られた。二、三十年前、駐在所の巡査の妻が夜ごとこの森の方から子の泣き声を聞き、巡査も耳にしたと伝わる。
原典より
今から二〇〜三〇年ほど前、村の駐在所の巡査の妻が夜になるとこの森の方角で子供の泣き声がするので夫に話した。—— 阿波木頭民俗誌――伝説・妖怪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波木頭民俗誌――伝説・妖怪
『阿波木頭民俗誌――伝説・妖怪』は、阿波の木頭地方の民俗誌のうち、「八、伝説・妖怪」の節と、阿波の太布を論じた一篇を収めたものである。前半は北川・折宇・蟬谷などの平家落人の話、平家の皿泉、カマ(滝壺)の大蛇、山爺やアセゴノマン、フルソマ、怪火、狐、隣の槙山村の塚の伝説を、『郡誌』の記事と古老の話から述べる。後半は太布に関する文献を挙げ、祖谷と木頭での聞き書きと製品の調査から原料・製法・道具を記す。