易聖高島嘉右衛門と伊藤博文暗殺の予言
どんな伝承か
易聖と呼ばれた高島嘉右衛門は、天保三年に江戸深川の材木商の家に生まれた。安政二年の大地震の前、江戸近辺で鯰が異様に獲れたのを地震の前触れと読み、材木を買い占めて巨利を得たという。その後、禁じられた小判の取引で捕らえられ、獄中で易経を覚えて占いを磨いた。浅草溜の牢では破獄の企てが惨事になると易で知り、天井の大ざるへ逃れて一人だけ助かった。佃島の牢では同囚の三瀬周三が旧藩に迎えられると告げ、的中させた。明治四十二年、満洲へ発つ伊藤博文が池上の嘉右衛門邸へ別れを告げに来ると、病床で易を立てて凶刃を警告し、山や艮の字を名に持つ者に用心せよと言った。博文は同年十月、ハルピン駅で安重根に撃たれたという。
原典より
ただ、「山とか艮とかいう名前の人間に、お気をおつけ下さい」と、最後の注意をしただけだった。—— ノストラダムス大予言の秘密――1999年7月はたして人類は滅亡するか(高木彬光・文華新書・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ノストラダムス大予言の秘密――1999年7月はたして人類は滅亡するか(高木彬光・文華新書・1974年(昭和49年))
『ノストラダムス大予言の秘密――1999年7月はたして人類は滅亡するか』は、高木彬光が昭和四十九年に著し、日本文華社の文華新書として出た予言批判の書である。五島勉の『ノストラダムスの大予言』の一九九九年人類滅亡説に反論し、ロバーツ版の原詩を訳し直して的中率や解釈の食い違いを検討し、著者自身の占い歴や高島嘉右衛門・出口王仁三郎にも触れる。十四章から成り、予言書は三七九七年までを語るとの結論を示し、巻末に参考文献と奥付を置く。