北陸街道を担った吉江左内
どんな伝承か
水落町の清水武兵衛家の祖は、朝倉義景に仕えた吉江左内という人物だと伝えられる。朝倉家が滅びたのち、左内は水落の清水腰に落ち着いて土民となった。やがて柴田勝家が北の庄の城主となり北陸街道の改修に着手すると、左内は水落の区間の工事を受け持った。その功によって伝馬の役と荷物問屋を開くことを許され、さらに来陣所や御膳所を置く免許も与えられて、水落の町の発展に力があったという。
原典より
水落町の清水武兵衛家の遠祖は、朝倉義景公の臣、吉江左内という人である。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。