三区が分かれた上河内の氏神
どんな伝承か
上河内の白山神社には、かつて清根・沢・河内の三区が共に持つ七堂伽藍があった。文亀二年に清根が分かれて自分たちの社を建てたため、残る河内と沢の二区で今の神社を建てたという。享保元年には河内区も分離し、小谷山の中腹に社を構えて大蛇来氏の脇宮にあった木像の不動明王を安置した。明治四十二年九月には寺中の河和田神社へ合祀されている。神殿は明治三十年ごろ、柱松地の山神のけやきの大木を用い、河内の木挽き平太夫が木取りし、土田進と永平寺から来た者が建てたと伝わる。明和三年からは毎年正月八日、二十五歳の厄男が神田の米で一斗三升の餅をつき、境内でまく行事が続いている。
原典より
昔、上河内の白山神社には清根・沢・河内の三区共有の七堂伽藍があったが、文亀二年(一二)に清根が分離して一社を建てたので、河内・沢二区で現在の神社を建てた。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。