光明寺
どんな伝承か
鯖江市川去町の光明寺は、龍勝山松井院光明寺と号する天台宗延暦寺の末寺で、長享二年四月八日、真盛上人の開基と伝わる。最初の寺跡は川去町の北方にある阿弥陀池という清水の近くにあった。長享元年二月三日、一人の猟夫がこの池のほとりを通ると、あたり一面に光明が見えた。必ず仏体がおわすのだろうと探したところ、不思議にも阿弥陀仏の尊像を得たという。猟夫は喜んで三年間自宅に安置した後、発心出家して第二世真慶上人の弟子となり、この像を寺へ奉納した。霊像は黄金仏で霊光が四方に輝いたため、人々はかえって恐れて黒漆を塗ったと伝えられる。
原典より
光明寺は川去町にあって龍勝山松井院光明寺と号し、天台宗延暦寺の末寺である。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。