仁恵塚
どんな伝承か
鯖江市平井町の八幡神社の境内にある仁恵塚は、大井帯刀を追慕して建てた碑である。帯刀は公儀領支配本保代官のうちでも良吏の誉れが最も高かった人で、文化十二年にここへ赴任した。天保のはじめころからは飢饉が続き、天保七年は国中が大凶作で、飢餓に倒れて路傍に横死する者が多く、その悲惨さは目をおおうほどであったという。帯刀は見るに忍びず、寝食を忘れて各地を奔走し、救済に努めた。天保十一年、帯刀が任を終えて帰るに当たり、人々はその仁徳を追慕して碑を建て、仁恵塚と名づけたという。
原典より
八幡神社の境内にある仁恵塚は、大井帯刀を追慕して建てた碑である。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。