島根別院の急襲と真珠湾の符合
どんな伝承か
大本教弾圧における「型」の符合を説く一節。第二次大本事件は昭和十年十二月八日未明、松江の宍道湖畔にある島根別院に滞在中の出口王仁三郎を、水盃を交わした武装警官の決死隊が奇襲したものだった。その六年後の同じ十二月八日未明、今度は水盃をした特攻隊が「宍道」と音の通う真珠湾を奇襲し太平洋戦争が始まった。著者はこの日時と状況の一致を、大本が世界の大事件をあらかじめ雛型として先取りして示した「型」の現れだと論じている。
原典より
おりから王仁三郎はこの島根別院に滞在していたのだった。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。