人形が動き戦死者が沈んだ私宅の降霊会
どんな伝承か
昭和二十五年十二月六日の夜、千葉市登戸町の著者の家で、千鳥会の萩原瑞道を霊媒に迎えた降霊会が開かれ、三十人ほどが集まった。灯りを落とすと綿で作った女の人形が起き上がって皆に頭を下げ、花籠を隣の卓まで運んだ。人形は井筒夫人に向き直って「お母さんうれしい」と小声で言い、夜光塗料を塗ったメガホンが宙を舞って参会者の肩を叩いた。続いて大峯神霊が現れ、足の立たない鈴木百合子らの問いに一つずつ答えた。終わり近く、男の人形が卓から落ちて波間を泳ぐような動きを繰り返し、やがて沈むように見えなくなった。海上輸送の任務中に戦死した元陸軍中佐の霊だとされ、未亡人をはじめ一同が涙を流したという。
原典より
落ちた人形は波の上に乗ったり、水を潜ったりして泳ぐ状態を暫く繰り返しておりましたが、そのうち、力つきて海底に沈まれたのでしょう。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。