勝田部落の始まり
どんな伝承か
徳川時代、印旛沼の水を検見川へ落とす疎水の工事が三度にわたって行われたが、どれも成功しなかった。そのとき工事の監督を務めていた者が流れ着いて住みついたのが、勝田の部落の起こりだと伝えられている。
原典より
しかし、3回とも失敗し、その時の工事監督が流れ着いて住んだのが、この部落の始まりだという。—— 勝田の民俗――千葉県八千代市勝田(民俗調査報告 第8号・民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田の民俗――千葉県八千代市勝田(民俗調査報告 第8号・民俗調査報告)
『勝田の民俗――千葉県八千代市勝田』は、民俗調査報告の第8号として勝田の民俗を調べた報告書のうち、「VII 口承文芸」の部分である。昔話・伝説・世間話・なぞの四節に分け、狐女房と女化神社の由来が結びついた昔話、親が汲むと酒になる「子は清水」や佐倉惣五郎の伝説、狐やムジナに化かされた話、狐憑き、神隠し、カマイタチ、幽霊、力石などの世間話を、話者からの聞き書きで収める。多くの話に話者名と生年を添え、狐女房と「子は清水」には解説を付す。