日蓮窟に生じる霊験の塩の正体
どんな伝承か
房州小湊の誕生寺は日蓮が生まれた跡に建つ大寺で、その近くに日蓮が矢傷を癒したという岩屋があり、日蓮の像を祀る庵がある。川普請の御用で村々を廻っていた根岸守信がここに立ち寄ると、岩屋の中には白い塩が付いていた。土地の者や供の者は、山の上にこうして塩が生じるのは宗祖の慈悲のおかげで、諸国の参詣者がこれで目を洗い傷を治すと言い、信心深い供の者は紙に包んで懐に入れた。ところが山を越えて村を移るあいだ、海に近い所の岩や古木、道ばたの石地蔵や踏み石にも同じように塩が付いていた。風が潮気を運ぶためで、守信はこれも宗祖の悲願かと笑ったという。
原典より
右岩窟の内、其辺には白く塩の付きて居しを、所の者并に召連れし者など申しけるは、此塩は山上にて此通り生じ候事、偏に宗祖の悲願なれ。—— 科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。