長谷寺の子授け祈願
どんな伝承か
安閑天皇の代、筑紫肥前の松浦の里に、黄金や白銀の湧く山、若返りの音盤の松、病を治す夢の枕など七つの宝を持つ長者がいたが、妻を迎えて二十数年たっても子に恵まれなかった。夫婦は長谷寺の観音に願をかけて難儀な旅をし、御手洗川で垢離をとって純金三百両を供え、七日ずつ籠りを重ねた。七七日目の夜、八十余歳の老僧の姿の観世音が枕元に現れ、前世の罪ゆえ子は授けられないと告げた。それでも夫婦は莫大な奉納を誓い、かなわねば大蛇となって参詣人を呑むとまで言い放ったので、観世音は哀れんで、四歳になれば父母の一人が死ぬという定めつきで子を授けたという。
原典より
その夜、熱心に祈願する松浦長者夫婦の枕もとに、観世音が八十余歳の老僧に姿をかえて現われました。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。