塚のこし(経塚)
どんな伝承か
草加市柿木町の下妻街道に沿ったある屋敷の内には、周囲六抱えもあろうかという、中が空洞になるほどの槐の古木があり、そのあたりは小高い塚になっていた。これを塚のこしと呼び、この家の屋号にもなっている。塚は長い間、戦国時代の墳墓であろうといわれてきたが、明治十一年五月二十一日、庭の整理のために掘ってみたところ、中から金色の経筒が出てきた。書き写した経典を経筒に入れて地中に納めた経塚であったのである。出てきた経筒は室町期の六角宝幢形で市指定の文化財となり、大人三人でやっと抱えられるほどであった槐の古木は自然に枯れて今はない。
原典より
ともあれ、この塚は長い間、戦国時代の墳墓であろうと言われてきたが、明治十一年(一八七八)五月二十一日、庭の整理のため掘ってみたところ、中から金色の経筒が出てきた。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市史民俗編のうち「二 伝説」の章である。地名起源・塚・神々・地蔵・薬師・観音・その他の神仏・旅の僧・動物と妖怪の九節で、柿木や青柳の地名の由来、毛長神社の御神体、疣地蔵や火あぶり地蔵、雨乞いの龍、むじな大尽などを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の伝えによって記す。第十節「世間話」は狐・むじな・狸・雷獣の聞き書きを集め、話ごとに町名と話者の頭文字・生年を添える。