背負われて来た薬師如来(東漸院)
どんな伝承か
柿木町の東漸院では、山門をくぐった左手の薬師堂に薬師如来が安置されている。『新編武蔵風土記稿』によれば、享保年間に高野山の木食僧恵昌が刻み、自ら背負ってこの地まで運んで安置したものだという。土地の人々は、ここまで来たところで背中の荷が急にずっしりと重くなったのは、笈の中の薬師様がこの地に留まりたいと望んだからだろうと語り伝えている。
原典より
『新編武蔵風土記稿』によると、享保年間(一七一六〜一七三六)、高野山の木食僧の恵昌という人の作で、彼がこの像を背負って来て安置したものという。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市史民俗編のうち「二 伝説」の章である。地名起源・塚・神々・地蔵・薬師・観音・その他の神仏・旅の僧・動物と妖怪の九節で、柿木や青柳の地名の由来、毛長神社の御神体、疣地蔵や火あぶり地蔵、雨乞いの龍、むじな大尽などを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の伝えによって記す。第十節「世間話」は狐・むじな・狸・雷獣の聞き書きを集め、話ごとに町名と話者の頭文字・生年を添える。