普賢寺村の松明の虫送り
どんな伝承か
京都府普賢寺村の虫送り。氏神社の神官が身を清め、夜明け前に太陽から火を取っておく。その火を村じゅうの老若男女が手にした松明に移し、神官が先頭に立って祝詞を唱えながら田の畔をめぐり、害虫を送り出すという。森秀男は、虫送りは今でこそ俗信と呼ばれかねないが、殺虫剤のなかった時代には害虫を除くただ一つの手立てであり、信仰から心をこめて行われた行事だったと述べている。
原典より
京都府普賢寺村では、氏神社の神官が斎戒して暁のうちに太陽から火を取つて置き、村中の老若男女が持つている松明に火を移し、神官が先に立つて祝詞を唱えつつ田の畔を廻り虫を送る。—— 日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))
『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。