お助け爺さんと近代医学療法
どんな伝承か
終戦後、千葉県市川の「お助け爺さん」のもとには病気を治してもらおうと大勢の人が押し寄せ、評判になった。集まる人々ははじめから信者として詣でるのではなく、病が癒えるかどうかだけを信じて訪れるのであり、爺さん自身も神を説く宗教家ではなく民間の治療家にすぎないという。こうした祈禱や呪術の療法を批判されると、治療者の側は、近代医学にも原因の分からない病気が多く、患者が死ぬこともあるではないかと言い返す。これに対し、近代医学は治療が及ばない場合でも病因や誤りを科学的に調べて公開し、後の世代へ積み重ねていける点で根本から違うと説かれている。
原典より
終戦後有名になった千葉県市川の「お助け爺さん」を例証しよう。—— 日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))
『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。