弘法の七つ井戸
どんな伝承か
矢島の七つ井戸と呼ばれた井戸は、矢島に五つ、隣の西島に二つあったという。昔、弘法大師が矢島を通りかかって一杯の水を求めたが、水が乏しく時間がかかると答えると、大師は杖を突いて水を出してくれたと伝わる。このあたりは井戸を掘るのに蔵を建てるほどの金がかかったので、旧家のほかは井戸を持たず、浅く掘っただけの井戸には庭の水や蛙が入り込み、皆白く濁った水を飲んで育ったという。七つ井戸は工業団地ができてから駄目になり、昭和三十七年に絶えた。
原典より
弘法大師が矢島を通りかかって水一杯欲しいといった。—— 高崎市東部地区の民俗――伝説・昔話(群馬県民俗調査報告書 第20集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高崎市東部地区の民俗――伝説・昔話(群馬県民俗調査報告書 第20集・群馬県民俗調査報告書)
『高崎市東部地区の民俗――伝説・昔話』は、『群馬県民俗調査報告書』第二十集『高崎市東部地区の民俗』のうち、口頭伝承の章である。榛名湖に入って蛇となった木部姫、弘法大師の七つ井戸、慈眼寺近くの餓鬼坂、オサキ使いの家などの伝説と、うばすて山や和尚と小僧、火の玉や死の予兆の体験などを、話者の地区名を添えて収める。伝説・昔話・命名・諺の項に分け、村の姓やあだな、農事や天気にかかわる諺も採録している。