御神体を流した市兵衛屋敷
どんな伝承か
上野田町の日吉神社から南へ、五十アールほどの一帯は市兵衛屋敷と呼ばれてきた。年代は分からないが、ここに市兵衛という豪族が住み、下肥の桶をかついで社前をたびたび行き来していた。ある日その桶がひっくり返り、神の怒りを買う。高慢な市兵衛は詫びるどころか御神体を日野川へ投げ流してしまった。御神体は三国まで下り、拾い上げた土地の者が社殿を建てて祀ったが、その社殿は何度建て直しても野田町の方角を向いてしまったと伝わる。
原典より
上野田町の日吉神社の南方、面積にして五十アールほどのところを、昔から市兵衛屋敷といっている。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。