大沼の手杵ヶ崎に残った敵見松
どんな伝承か
新潟市の旧岩室村に立っていた松で、手杵松とも呼ばれた。大沼のほとりの手杵ヶ崎はかつて杉や松が生い茂る場所だったが、年を追って伐り倒され、最後にこの一本だけが残ったという。明治五年秋の大風で折れて枯れた。名の由来は美濃路の熊坂にある物見の松にならったもので、近くの天神山の城に源三位頼政の一族小国三郎頼連が住んでいたことから、頼政敵見松と呼んだのだろうと伝えられている。
原典より
昔は大沼端の手杵ヶ崎に杉松が多く繁茂してゐたが、年々伐倒し、終にこの松のみとなった。—— 日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。