東山親王の車を埋めた車塚
どんな伝承か
弘仁八年、東山親王が三河へ流され、上野に住まわれた。薨去ののち、その車をこの地に埋めたので車塚と称し、そばの坂を車坂と呼ぶようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。
弘仁八年、東山親王が三河へ流され、上野に住まわれた。薨去ののち、その車をこの地に埋めたので車塚と称し、そばの坂を車坂と呼ぶようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。