白鷺に小判を投げた米原長者
どんな伝承か
肥後の米原長者は米原に広大な屋敷を残した。その初代は小三郎、または孫三郎と呼ばれ、薦を編んでわずかに暮らす貧しい者だった。長谷の観世音を信じる京の姫が霊夢の教えに従って下り、望んで小三郎の妻となる。姫の小判を預かって食物を買いに出た小三郎は、川中の白鷺に小判を打ちつけて捨て、手ぶらで戻った。あんな物なら小屋の裏にいくらでもあると言うので灯をともして見ると、土の下におびただしい黄金があり、夫婦はたちまち長者になったという。別伝では五千町歩の田を一日で植えるのを誇り、金扇で日輪を招き返してもなお終わらず、油樽三千を日岡山に運んで火を点じたところ、その火で屋敷が焼けて没落した。米原に出る団子石は長者の焼米だと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。