少弐政養が投げた核割梅
どんな伝承か
肥前の旧小城郡多久村、専称寺の境内にある梅である。明応六年四月十九日、少弐政養がこの地で自刃しようとしたとき、石に腰かけ、梅干しを肴に酒を飲んだ。そして種を噛み割り、末代まで自分の本意が遂げられるならこの種よ芽を出せと言って投げたところ、その場所から芽が出たという。この梅の実は自然に割れているので、核割梅の名がある。
原典より
明應六年四月十九日、少貳政養がここで自刃しようとした時、石に腰掛け梅干で酒を飲んだ。—— 日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。