堰の人柱となった巫女の一家
どんな伝承か
猿ヶ石川に設けた堰が毎年の洪水で壊れ、村に被害が続いた。矢崎の草分けである土豪の主婦は巫女であり、占わせると、白馬に乗って通る男を人柱に立てよという答えが出た。巫女は自分の夫を馬に乗せ、その日にそこを通らせて人柱とした。娘も夫とともに水に入って死に、巫女自身も嘆きのあまり悶え死んだという。以後、堰は壊れなくなった。堰口祭という祭りを、村では毎年初春の丑辰の日に営む。巫女はぼなり明神として祀られ、その塚を巫女塚と呼ぶ。のちにボナリには母成・母也の字を当てた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。