三か村の土豪三十六人の首塚
どんな伝承か
天正七年、西芦田・栗栖野・口塩久の三か村に住む土豪三十六人が明智光秀の手にかかって謀殺され、その首は栗栖野にさらされたという。これを哀れんだ土地の人々が首を葬り、その場所が首塚と呼ばれるようになった。塚のかたわらには堂が建てられて祖父堂と称され、いまも毎年施餓鬼の供養が営まれると伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。