もみあわせの石に並んだ検死の手袋
どんな伝承か
奥多摩町で生まれ育った筆者は、毎年この町へ命を絶ちに来る人がいることを知っていた。数年前の釣りの季節、出勤前に多摩川と日原川の合流点より上手の「もみあわせ」に入ると、いつもは釣り人の絶えない場所なのに良型のヤマメが次々に掛かり、ここ数日は誰も入っていないようだった。気味悪く思い始めたころ、大石の上に外科手術用らしい新しい薄手の手袋が二人分、きちんと並べて置かれているのを見つけた。胸騒ぎがして川を上がり、集落で出会った老婆に釣果を見せると、老婆は青ざめ、女の子が身を投げてから誰もそこへ入っていないと言った。十八歳の娘の投身自殺で、手袋は検死の際に置き忘れたものらしいという。
原典より
渓谷にあるはずがない、おそらく外科手術用の薄手の手袋が2人分、石の上に整えたように並んでいた。—— 水辺の怪談 ベスト(つり人社) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
水辺の怪談 ベスト(つり人社)
『水辺の怪談 ベスト』は、釣り人たちが海や川や湖で出会った怪異の体験談を集めた本である。お盆の夜釣りでの金縛り、伊豆大島の釣り宿の離れ、渓流の滝壺や湖のボート、アユ釣りやマス釣りの遠征先の宿などを舞台に、エサ屋の店主・会社員・釣りライター・バスプロら十七人が、自身や仲間の体験をつづる。「海の章」五編と「川・湖の章」十二編の二部に分け、各編の冒頭に筆者の短い紹介を置き、四人は仮名で書く。