金剛寺の蛇と赤蟻の化生
どんな伝承か
京都府南桑田郡曽我部村の穴太にある真言宗金剛寺の鐘楼で、鐘の竜頭のところに雀が雛を育てていた。一匹の蛇がそれに目をつけ、三日続けて鐘楼の下から熱心にうかがっていたので、近所の人々が騒ぎだし、一人の男が蛇を殺して首を竹の先に刺し、寺の裏手の遠い竹藪へ投げ捨てた。だいぶ日がたったある日、雛が全身真っ赤になって落ちて死んでいた。赤蟻がびっしりたかっていたので、蟻の列をたどってみると、竹藪に捨てたあの蛇の首が腐り、そこから赤蟻が湧き出していたという。
原典より
そこで其の蟻の元はと、其の蟻の路を辿って調べて見ると、驚くべし彼の首を竹藪に棄た蛇が腐って、赤蟻を化生して居るのであつて。—— 修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された、仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた明治から昭和初めの実例、英国の霊媒の家や天津での見聞で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。