夫の謎の失踪事件
どんな伝承か
若狭小浜の西津で魚屋をしていたお鶴の夫甚左は、仲間と鯖釣りに出た。その日に限って幼い息子二人が後を追い、お鶴も胸騒ぎがしてならなかった。南風が荒れて船は一艘も戻らず、鎮守や金毘羅に願をかけても便りはない。三七日の法事の晩、濡れて裂けた着物に青くふやけた顔の甚左が戸口に立ち、嵐で船が覆ったが浜に打ち上げられたと語って床についた。翌朝遅く起きると、子どもたちは寝ているのに甚左の姿だけがない。狭い家のどこにもおらず雨戸も閉じたままで、着替えさせた着物だけが寝床に残っていた。化かされたのか、子を思う魂が来たのか、今もわからないとお鶴は語った。
原典より
狐か狸のいたづらであらふか、それとる小供に心をひかれて、魂魄があひに来たのであらふか—— 実説妖怪新百話 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
実説妖怪新百話
『実説妖怪新百話』は、著者名の記されない怪談集で、日露戦争の後に編まれたとみられる。本郷駒込曙町の世外庵に住む天保初年生まれの老翁の勧めで、門下生三十六人が籤で順番を決めて百物語の会を開き、自分の見聞や親・知人から聞いた話を語る趣向をとる。武家の妻の執念、化物屋敷、狐狸の化かし、前妻のたたり、漁師の幽霊の帰宅などを、会津・三河・東京・房州館山・野辺地・若狭小浜・盛岡などを舞台に題ごとに並べる。