五葉山で女の声に呼ばれた男
どんな伝承か
奥州の山里にあった話で、今から十年ばかり前、村の人たち四、五人で五葉山という深山へ薪を採りに行った。平生山に馴れた者ばかりでありながら道を踏み迷い、行けども目的地に達せず、深い谷間に突き当たって進む路さえなくなった。やむなく断念して帰ることになったとき、四十がらみの興兵衛という男が声を上げ、「みんな今の女の呼んだ声を聞いたろう」と言ってきょろきょろしている。顔に生気なく蒼くなって震え上がり、放っておいたら死ぬかと見えたが、他の者は誰もその声を聞かないと一笑に付した。興兵衛はようやく助けられて帰宅したが、床について七日目に病死した。
原典より
奥州の山里にあつた話で、今より十年ばかり前に、村の人達が四五人で、五葉山なる深山へ薪を採りに行きしに、平生山馴れし者でありながら、道を踏迷つて行けども目的地に達せず、深い谷間に突き當り、最早前むべき路さへなくなりしものか…—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。