世界初の念写を成した長尾郁子
どんな伝承か
長尾郁子は徳山藩の家老の家に生まれ、のちに判事となる長尾与吉に嫁いだ。やがてさまざまな事を言い当てるようになったという。明治四十二年に夫が丸亀へ転任し、翌年、御船千鶴子の記事を読んで試すと透視ができた。福来友吉らが丸亀の長尾宅で実験を重ね、未現像の乾板の文字まで読ませた。十二月二十六日、乾板に念を込めるよう頼まれた郁子が祈ると正体の知れない像が写り、これが念写の第一号となった。翌年一月、山川健次郎の実験で乾板の入れ忘れを見抜いたが詐欺と報じられ、二月に悲憤のうちに世を去った。
原典より
心という文字は出現しなかったが何かわからないものが現われた(写真参照)。—— 新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年))
『新心霊科学事典――人類の本史のために』は、田中千代松が一九八四年に編んだ心霊科学の事典である。十九世紀半ばのハイズヴィル事件に始まるスピリチュアリズムと心霊研究・超心理学の用語、国内外の研究者・霊媒・研究団体を、多くの寄稿者の執筆による項目で解説する。巻頭の論説「人類の将来」、五十音順の「現象編」と「人物・組織編」、巻末の「総括と展望」とあとがきから成る。