浪人の前に閃いた大蟹の鋏
どんな伝承か
放生津の大工為作の家には、江戸で亡くなった息子の嫁お勝と孫の源吉が身を寄せていた。ある月夜、神主牧野家の手伝いから帰る途中、近道の草原でお勝は手習師匠の浪人林田与右衛門に待ち伏せされ、帯をつかまれた。叫び声を聞いた為作が駆けつけて立ち向かうが、林田は為作の得物を奪って振りかぶった。その瞬間、林田の眼前に薙刀を二つ組み合わせたような紫色の大蟹の鋏がひらめき、林田は眼を押さえて逃げ去った。為作は得物の端でも当たったのだろう、罰だと言って嫁と家へ帰ったという。
原典より
それは薙刀を二つ組みあわせたような紫色を帯びた大蟹の鋏(はさみ)であった。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。