比江山親興の妻子と長福寺住職の悲劇
どんな伝承か
比江山親興は元親の検使に詰腹を切らされる際、家来に耳打ちして比江村の城の妻子を落とさせた。妻は五人の子を連れて新改村の長福寺へ忍び、恩を受けた住職は六人を離れに匿って自ら握り飯を運んだ。しかし田の道を行くのを植田の百姓に見られ、褒美目当てに訴えられて討手に踏み込まれた。翌日、六人は比江の河原で斬られることになり、駆けつけた住職は植田の者を罵って腹に刀を突き立てた。住職と妻子の亡骸は新改村に葬られたが、その夜から火の玉が飛び、頓死や発狂が相次ぎ、とりわけ植田の者に祟った。人々はこれを七人御先と恐れ、明治になっても墓地に入った若者が黒い蛇に追われたという。
原典より
その夜からその附近に奇怪なことがありはじめた。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年))
『日本の怪談』は、田中貢太郎の怪談を昭和四十五年桃源社刊『日本怪談全集』から抜き出した文庫本で、昭和六十年十二月に河出書房新社から発行された。「宝蔵の短刀」「八人みさきの話」など土佐の城下や村の話をはじめ、江戸・京・吉野などを舞台にした幽霊・狐狸・猿・魔物の話を、会話の多い語り口で収める。二十七篇の後に尾崎秀樹の解説を付し、高知に生まれた作者の生涯と怪談・妖異譚への傾倒をたどっている。