旦那がついた晩に変わった舞妓
どんな伝承か
霊媒の益田小妙の母は、夜更けに研究会長の永峯へ娘の身の上を打ち明けた。小妙は自分の産んだ子ではなく、稲荷の神職だった夫が豊岡の芸妓に産ませた娘で、母には隠したまま十四歳まで城崎温泉で舞妓に出されていた。そこへ旦那がついたところ、その晩から娘はおかしくなり、二度と元には戻らなかった。町の人々は稲荷の罰が当たったと噂して誰も相手にしなくなり、結局は自分が引き取るほかなかったという。稲荷の祠も今は籐編みの工場に貸すほど暮らしは苦しいと、母は嘆いた。
原典より
ほだらその晩からあないに変になつてしもて、もうなつともならんのどすがな。—— 霊界(長田幹彦・1953年(昭和28年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界(長田幹彦・1953年(昭和28年))
『霊界』は、長田幹彦が昭和二十八年に著した心霊の講話集である。著者の超心理現象研究会で行った交霊会の実験、物品の引き寄せや乾板への感光、エクトプラズムやライン博士の念力説、霊との対話から考えた死後の世界を、語りかける口調で説く。霊の実験・肉体のない人間・美しい死後の世界・霊媒の生態の四講からなり、最後の講は交霊会の夜の霊媒たちの姿を物語ふうに描く。