かまいたちと越後七不思議
どんな伝承か
かまいたちは、江戸時代には越後七不思議の一つに数えられていた。伊勢の橘南溪が東国を旅して著した『東遊記』は、越後七不思議の三番目に鎌鼬を挙げ、『北越奇談』も越後の俗説の不思議の一つとして取り上げている。著者は、珍しい自然現象だったうえに、弥彦山から国上山へ抜ける黒坂という峠道でつまずくと多くの人がかまいたちにかかると広く言いふらされていたことが、選ばれた理由だろうとみる。ただ黒坂がどこなのかは定かでなく、弥彦参りの折に聞いた噂が始まりかもしれないという。一方で、関八州や上方、甲斐、佐渡などにも同じ話があり、越後に限った現象ではなかったとも述べている。
原典より
そして、県内の特定地域が、弥彦山から国上山へ抜ける黒坂という峠道であり、そこで躓くと多くの人がかまいたちにかかると広く流布されていたからであろう。—— かまいたち談義(大竹信雄・高志路1998年8月号) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
かまいたち談義(大竹信雄・高志路1998年8月号)
『かまいたち談義』は、大竹信雄がかまいたちについて論じた民俗学の論考である。北蒲原郡笹神村と柏崎市・刈羽郡小国町で集めた、かまいたちにかかった体験九例を挙げ、辞書や『北越奇談』などの説明から構え太刀説・つむじ風説・真空説・筋肉の急な動きによる生理現象説を整理する。「はじめに」から「おわりに」まで六節に分け、体験例の共通点から境界性を論じ、妖怪かまいたちの性格と、『東遊記』や『北越奇談』に見える越後七不思議との関わりを考える。