新田様(重音丸)
どんな伝承か
新田様と呼ばれる人についての言い伝えがある。西方寺に落人のような姿で最初にやって来たのは、新田義重の五男で重音丸という人だったという。重音丸は逃げてくるとき八幡の観音様を背負っていて、その観音に矢が当たったおかげで命拾いをした。そこでその観音を本尊にして出家し、寺を開いたと伝えられる。坊さんになった重音丸についてきた人々が、加藤や武藤、宮下といった苗字のもとになったともいう。
原典より
その重音丸が逃げてくるときに、八幡の観音様を背負ってきて、その観音様に矢が当たって、命が助かったというようなわけで—— 向原の民俗 下――昔話(民俗調査報告 第9号・第10号・民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
向原の民俗 下――昔話(民俗調査報告 第9号・第10号・民俗調査報告)
『向原の民俗 下――昔話』は、民俗調査の報告書『向原の民俗』下巻のうち、「口承文芸」の章を収めたものである。向原の下組の調査と上組の補足調査で採った昔話、世間話、伝説、畑作の諺を、話者の名と生年を添えて土地の言葉のまま記し、狐火や狐に化かされた話、万年寺や新田様の言い伝えも含む。概観に続いて昔話・世間話・伝説・諺の節を立て、昔話には『日本昔話大成』の話型を対照させた一覧表を付す。