一条戻り橋で父蘇生
どんな伝承か
京都の一条戻り橋には、死んだ父がこの橋の上で生き返ったという名の由来が伝わる。三善清行の八男である浄蔵貴所が熊野に参詣している間に、父の清行が亡くなった。途中で知らせを受けた浄蔵が都へ戻ったときには、死後すでに五日が経ち、葬送の列は橋の上にさしかかっていた。浄蔵はその場で加持祈禱を行い、父をよみがえらせた。『都名所図会』も、棺を橋の上に止めて神々に祈り、陀羅尼の力で父を蘇生させて抱いて家に帰ったことから、戻橋と呼ばれるようになったと記している。
原典より
そこで浄蔵貴所は加持祈禱を行って橋の上で死んだ父親を生き返らせた。—— 妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。