結城で泣いた小山城の七つ石
どんな伝承か
天正十八年(一五九〇)七月、豊臣秀吉が小田原を攻めたとき、小山二十一代の城主政種は妻の父にあたる北条氏政に味方し、一族を率いて小田原城に入り秀吉に抗った。小田原城が落ちたのち詫びを入れたが許されず、小山城も取り上げられた。その後、小山城の石垣の石が結城家の庭へ移されると、そのうちの七つの石が夜更けになるたび悲しげな声で泣き叫ぶようになった。旧主を慕うかのような痛ましい声に、結城の城主も石の心を汲み取り、とうとう小山へ送り返したと伝わる。
原典より
その後、結城家の庭園に小山城の石垣の石が運ばれたが、この七つ石が、夜ふけになると悲しい声をあげて泣き叫んだ。—— 小山市史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山市史 民俗編
『小山市史 民俗編』は、小山市の市史のうち民俗を扱う編である。第九章「祭りと民俗芸能」の終わりで小薬北若連・武井の若連が担う囃子と下生井の囃子を記し、第十章「民話・民謡・ことわざ・方言」では間々田・土塔・粟宮・下生井など市内各地の伝説と昔話を、小山城の落城や小山氏、藤原秀郷にまつわる話を多く含めて紹介する。伝説は自然伝説・信仰伝説・歴史伝説の三つに分け、伝承地を添えた伝説名の一覧と主な話のあらすじを掲げ、昔話は土地の言葉のまま載せる。