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若狭局が頼家の櫛を沈めた櫛引沼

所在地埼玉県東松山市大字大谷(比丘尼山)
年代伝承
登場若狭局、比企禅尼、源頼家、語り手、伝承者、二代将軍頼家の妾・比企禅尼の孫、比企掃部丞遠宗の妻・若狭局の祖母、二代将軍・櫛の持ち主
出典東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説

どんな伝承か

元久二年七月半ばの明け方、比企禅尼と、その孫で二代将軍頼家の側にいた若狭局は、尼となって庵で暮らしていた。この日は頼家の一周忌の命日で、局は肌身離さず持っていた頼家の櫛を捨てると言い出す。禅尼は迷いを断つよう諭し、二人で山道を下って大沼のほとりへ出た。局は櫛を頬に当てて面影をしのんだのち高く投げ、櫛は朝日にきらめいて水底へ沈んだ。局は泣き崩れ、禅尼も黙って涙を流した。二人のその後は誰も知らないが、住んだ庵の丘を比丘尼山、櫛を捨てた沼を櫛引沼(今は串引沼)と呼ぶという。

原典より

唯局と禅尼の住居の庵の丘を比丘尼山といい、二代さまのお櫛を捨てた沼を櫛引沼(今は串引沼)という(註2)。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)

『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。

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