原の御前荒れ(仏御前)
どんな伝承か
原の御前とは仏御前のことである。加賀の生まれとされる仏御前は平清盛に寵愛されたが、それまで寵愛を受けていた祇王・祇女の姉妹が尼になったのに心を痛めて暇をもらい、故郷の原村へ帰った。そのとき清盛の子を身ごもっていた。村の男たちが御前のもとへ通いつめたため、女たちは嫉妬から御前をことごとくいじめ、無事に産めないと思った御前は知らない土地で産もうと山を越えて別宮へ出たが、木滑のあたりで急に腹が痛み、路傍の石に腰を下ろしたまま亡くなった。御前を村から追い出した罰で、原の女が子を産むときは天気が荒れるといわれ、秋の急な荒天を原の御前荒れと呼んだという。
原典より
それから原の女達が子供を産む時は仏御前を無慈悲に村から追い立てた罰で、天気が荒れるのだという。—— 河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説(河内村(編)・河内村史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説(河内村(編)・河内村史)
『河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説』は、白山麓の河内村の村史の民俗編から、民話・伝説と故事を記した節を収めたものである。白山の千蛇ヶ池や富士山との背くらべ、高ボウケの大蛇、猿仏の名号、おひなの荒、天狗、菊酒、池の金山の伝説など、村と周辺に伝わる話を、白山関係の古文書や郡誌を引きながら記す。第三節「民話 伝説」、第四節「故事 伝説」、第五節「伝説」に分け、話ごとに題を立てて由来や現地のようすを添えている。