伊豆大島の地層に眠る古住民の遺物
どんな伝承か
伊豆大島は水の乏しい島で、試しに井戸を掘ると、三十尺も下から木の葉に混じって灰が出てくる。野増の海岸の崖には一丈数尺もの赤い溶岩の層があり、その下の厚さ五寸ほどの粘土層から、古い時代の住民の遺物がいろいろと出た。さらにその下の波打ち際にも、もう一層、人の住んだ土があるらしい。源為朝が流されていた頃の住まいは、今では数町沖の海の中だろうと言われているという。柳田国男が、災害で埋もれた土地の例として挙げたものである。
原典より
野増の海岸の絶壁には一丈数尺の赤い熔岩の下に厚さ五寸ばかりの埴土がある。—— 定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。