湖山長者の黄金の扇で日を招き返す
どんな伝承か
鳥取市から一つ西の駅のある湖山に、湖山池という景色のよい湖がある。千代川の氾濫と吹き上げられた砂の州とでできた潟湖だが、土地ではここを湖山長者の田の跡と伝えている。長者は昔この湖岸の岡のふもとに住んだ大金持ちで、毎年の田植えに大勢の早乙女を集め、千町歩の田を一日で植え終えるのを誇りとしていた。ある年、植え終わらぬうちに日が暮れかかったので、黄金の扇を開いて沈む夕日を招き返すと、日は三反ほど戻ったが、同時に長者の運は傾き、千町の田は沈んでこの湖になったという。
原典より
それを残念に思つて、黄金の扇をさつと開いて山の入日を招き返しました。—— 定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。