田植の稲束から生まれた早乙女松
どんな伝承か
田植えの時期、早乙女が通りかかった若い男に稲束を投げつけてはやし立てる風習があった。幕末のころ、薩摩の若い飛脚がこれをされて腹を立て、娘を斬り捨ててしまう。飛脚はその場に松を一株植え、近くに庵を結んで娘の菩提を弔ったと伝える。また、あとでその習わしを知った若い武士が、恥じて出家したという話も残る。
原典より
山口縣徳山附近の田の中田植の時、早乙女が若い男が通ると、稻束を投げつけて興がる風があるが、幕末の頃、薩摩の若い飛脚が早乙女に稻を投げつけられ、怒つて斬りすてた。—— 日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。