百姓二人が討った七人の塚
どんな伝承か
県道の西、田圃の中にある。戦国のころ、成羽の城主三村氏が塩山城主多治部雅楽守を攻めたとき、百姓の小谷庄右衛門と山本久右衛門の二人がこれを防ぎ、三村方の七人を斬った。その七人の死骸をここへ葬ったのが七人塚だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。