忠不忠を占う庄司戻桜
どんな伝承か
治承四年十月、信夫の庄司佐藤元治は、嗣信と忠信の二人の子を義経に従わせるため、関まで見送りに出た。子らに名を辱めるなと戒めたうえで桜の枝を地に挿し、わが子が君に忠であるならこの枝は生きよ、もし不忠であるなら枯れよと言ったという。桜はその後よく茂り、庄司戻桜とも呼ばれた。ただし今は枯れて残っていない。西白河郡誌に載る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。