動かなくなった慶岸寺の子育地蔵
どんな伝承か
寛永の頃、江戸鮫河橋谷町の若槻権兵衛がこの地蔵を作り、相模のある寺へ運ぶ途中、慶岸寺の門前で休んだ。すると急に重くなって動かせなくなり、権兵衛はやむなく寺に泊まった。その夜、地蔵が夢に現れてこの寺に安置せよと告げ、住職も同じ夢を見たので当寺に祀ったという。以来子育地蔵として知られ、出産が迫ると駆けつけて蝋燭を供え、その灯が燃え尽きないうちに産み終えるよう願うと霊験があるとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。