御安が実を封じた紅梅
どんな伝承か
東条雨飾の城主の娘に御安という女がいた。鎌倉へ連れて行かれ、源頼朝の寵愛を受けたが、正室政子の嫉妬を恐れ、庭の梅を見るたびに実を結ぶなと唱えていたという。頼朝が没した後、御安は信濃へ帰り、海津の東南に別荘を構えて、その梅も移し植えた。呪いのためか梅は実を結ばなかった。この梅を接木したものが諸国へ広まり、御安紅梅と呼ばれてもてはやされるようになったと伝える。
原典より
東條雨飾の城主の娘御安が鎌倉へ伴はれ、頼朝の寵愛を受けた。—— 日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。