屋根を踏み鳴らす重い足音
どんな伝承か
作家の佐藤愛子は五十一歳のとき、北海道浦河の人里離れた土地に別荘を建てた。完成した昭和50年には、高校生の娘が友人四人と泊まった夜更けに、窓の外を歩く足音や、散水口のない裏庭から流れる水の音がした。翌年、佐藤が東京へ戻っていた間に、留守を預かる家事手伝いの女性が午前三時ごろ屋根の上を歩く足音を聞き、怖さのあまり警察を呼んだ。初めは笑っていた佐藤も、やがて居間でも二階の寝室でも「ノッシノッシ」と響く重い足音を聞くようになった。熊や狐のせいだと言う人もいたが、どちらも屋根には上らない。昼間も空間がはじけるような音が絶えず、物も消えはじめた。東京から送って玄関の上がり口に積んだ段ボール箱は八個から六個に、娘の友人が帰った後で洗濯に出そうと台所の隅に丸めたシーツは五枚から三枚に減っていたという。
原典より
「ノッシノッシ」「ズッシーン、ズッシーン」という重い足音で、すぐ上が屋根になっている居間に居ても、二階のある寝室に居ても、聞こえてくるのです。—— あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。