日本地下水協會に於ける實驗
どんな伝承か
昭和四年の大晦日、大阪市東区の野村ビルデングにある日本地下水協会の事務所で、社長青木止貞ら役員と福来友吉が封をした乾板一ダースを金庫に納め、神戸の自宅にいる三田光一に元日の遠隔念写を頼んだ。題は英国の霊媒ホープの肖像と、少し前に三田の治療で右手が動くようになった画家野原櫻洲の馬の絵などだった。三田は元日未明に統一し、堺や芦屋の役員宅、英国のクルー市やロンドン郊外を霊的に訪ねたと報告した。四日に現像すると、三枚に馬、一枚に人物、一枚に景色、一枚に青木の号「秋堂」の文字が現れ、報告どおりだった。
原典より
一、上方から第一、第二、第三の三枚の乾板には馬の絵が現はれた。—— 念寫-心靈寫眞(福来友吉氏) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念寫-心靈寫眞(福来友吉氏)
『念寫-心靈寫眞』は、ある書物の第二編第三章「念寫心靈寫眞」から、第六節「三田光一氏の念寫」を収めた抜粋である。透視能力者の三田光一が大正六年から昭和五年にかけて行った念写を、名古屋の県会議事堂、尼崎の実科高等女学校、日本地下水協会、京都嵯峨の公会堂などでの実験ごとに記す。立会人、乾板の扱い、現像の結果を順に挙げ、筆者自身の感想と考察を添える。