叩く数で答えた三人の亡者
どんな伝承か
三人は相談のうえ、音のする時刻に近い午前一時に問答を試みた。ぞっとする寒気の中で待つと、やがて戸を叩く音がした。Bが、狐狸の類なら三つ、人の霊なら五つ叩けとどなると、いつもより強く五つ鳴った。恨みがあるなら四つ、弔ってほしいなら七つと問うと七つ、男なら二つ・女なら三つには二つ、人数を問うと三つと答えた。明後日に僧を呼んで三人を弔うからもう来るな、分かったら十五と言うと、正確に十五鳴って静まった。校長の報告では、問答は二月二十七日の夜で、数の決め方も違う。電灯を消して待っても鳴らず床に就くと入口の戸がかすかに鳴り、答えられるなら五つには五つ、正体を二つに分けた問いには七つ、男なら八つには八つ、人数には三つ、学校に怨みが無ければ十には十、供養を望むなら五十には盛んに五十を打ち、明日必ず僧を迎えて供養すると言うと、大きな音で百を打ったという。学校の地所は、三十年前に工夫が犠牲になった所だったという。半年後に赴任した語り手も、宿直の夜に職員室の戸が開く音を聞いた。
原典より
すると不思議にも……平生よりは少し強く……トン……と五ツ・・・・・・確に其の音を聞き取つた。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。