妖僧の予言と主家の改易
どんな伝承か
九条の庵で妖僧入留満を取り逃がした吉見太郎左衛門は、そのことなどがもとで主君の覚えが悪くなり、その秋に生国の遠州浜松在へ引きこもって半士半農の暮らしを始めた。ところが翌年の正月、主家の大久保家は改易となった。太郎左衛門は、入留満が消える間際に、明日になれば大久保忠隣も伊賀守もそなたも地獄の苦しみを受けると言い残した言葉を思い出し、折にふれて嫌な気持ちに襲われるようになったという。
原典より
「まあ騒がずに聞くがよい、今日は天下に人も無いように宗門を迫害しておるが、明日になれば、大久保忠隣をはじめ、伊賀守も、また、その方も地獄の苦しみを受けねばならぬぞよ」—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。